たのしみにしていた約束が流れた。缶ビールを1缶買って帰る。夕食を作る気持ちもしぼんで、鯵の干物と、ニラ玉と、味噌汁をおかずに手早くすませた。
湯を沸かしてお茶をいれ、ソファで辻まことの『山からの絵本』を読む。買っておいてくれた半年前の自分ありがとうと思った。


ダ・ヴィンチ6月号は「男と、本。」の特集。学生のころはたまに買っていたけれど、読む本の傾向が変わってここ数年手に取らずにいた。わたしも当たり前のように本を読む男が好きだ。
読書家の芸人として若林正恭が登場。ひねくれているのに素直というか、矛盾に満ちた印象的な人だ。ページに2センチ×3センチのちっこい本棚写真があって、じっと見てしまう。
昭和元禄落語心中』の雲田はるこが描く「カフェのテラスでもくもくと本を読む海外の男性」も素敵。そんなお洒落な生きもの見たことないよと思ったら、わたしが出不精なだけだった。思いがけず本質をつかれてはっとする。
とってあるバックナンバー(文化系女子特集と、ブックデザイナー祖父江慎特集。いずれも2006年刊)とくらべると、特集ページが厚くなっていてよい。前号の京都書店特集もしっかりページが割かれていて読みごたえがあったもんな。あとはグラビアページのインタビュー導入文がポエムくさいぐらいか。恰好よく書こうとしてはいかんなと己を省みるよい機会になりました。


姉の結婚』3巻を読んだ。今までそんなことなかったのに、いきなり歌い、踊りだしてびっくりした。
それにしても一途な男たちだ。前作『娚の一生』の海江田しかり、今作の真木しかり。勝手に惚れてくれるし、いくらひどいことを言ってもぐずぐずしても、絶対に好きでいてくれる。まさに絵に描いたような理想的な男たち。不倫というややこしい関係を描きながらも、根っこは王道の少女漫画と言えそうです。添い寝シーンがよい。これからどうなっていくのかなあ。
とりあえず自戒も込めて、大人ならば好意の前にあぐらをかいていてはいけない、とでも書いておくか。
姉の結婚 3巻 / 西炯子 / 小学館

5月か。本を読んだり読まなかったりした。ツタヤで借りた『シャレード』がおもしろかったので、オープニング・タイトルをはっておこう。モーリス・ビンダーのタイトルデザイン、ヘンリー・マンシーニの音楽、どれも秀逸です。


川上弘美の『神様2011』を読んだ。深緑色のオビがまかれた、ハードカバーのすこし小さな美しい本。近所に越してきたくまに誘われて河原へ散歩に行く、ほのぼのとした温かみのある短篇『神様』が、福島の原発事故を受けて改稿された。
防護服、「あのこと」、SPEEDI、防塵マスク、ストロンチウムプルトニウム、ウラン。『神様』のなかにあった素朴な詩は、これらのよくわからない数値や記号で粉々に壊されていた。「想定外」の暴力によって、物語の魔法はとけてしまった。
改稿後の『神様2011』が『神様』よりも優れているとは到底思えない。それでもこの作品が素晴らしいのは、ふたつを対にすることで、物語の崩壊と「いま」を結びつけたからだと思う。
神様2011 / 川上弘美 / 講談社


文庫化されると知って、ようやく『1Q84』のBOOK2まで読んだ。ミステリ小説のような書きぶりで、思いのほかすいすいと読めた。村上春樹が書きそうな物語、とでもいおうか。いや、いままでの作品にないくらいピュアな恋愛小説かもしれない。年号をもじったタイトルや、偉大な兄弟<ビッグ・ブラザー>に対する<リトル・ピープル>という名づけに一抹のダサさを感じるが、おおむね楽しく読んでいる。
2月18日に公開された映画『ものすごくうるさくて、ありえないほど近い』を観に行く。公開前に原案の小説を3分の1読んで、観て、3分の2が残った。映画はやや散漫な印象。半分空気みたいなケーキセットを食べて帰る。

ついに給湯器の火力を最大にした。さわるものみんな冷たい。お椀、ノート、お風呂場のシャンプー液。布団のなかでケータイの画面が曇っている。シーツの冷たい部分を探して体温をうつす。寒い。とはいえ動物園にいるホッキョクグマが喜ぶと思えばうれしい。きのう白クマ塩ラーメンをもらった。
買ったまま読んだまま、ほうっている本がいくつもある。いま読んでいるのは『ひとりの夜を短歌とあそぼう』。短歌は透明樹脂で「いま」をかためたラベル・シールみたい。缶かんに入れて持ち歩くかわりに、頭に入れて持ち歩く。奥行きがあるのにかさばりません。

ひとりの夜を短歌とあそぼう / 穂村弘東直子沢田康彦 / 角川文庫